自己紹介

自己紹介をしてみる

オタク(ギーク)がブログ始めました。

 

ということで、最初の記事は私の自己紹介から始めたいと思います。

 

ときどき加筆修正していきますね。

どんな人物?

 

1988年(昭和63年)ということで昭和最後の男です。


現在は輸入販売業で生計を立ててます。

楽天市場Amazonに店舗を持ち、

1日に1〜3時間程仕事をして、

その他は趣味に全力投資してます。

 

正直、すごい儲かっているとかではありません。

贅沢はできないけど、慎ましくすればそれなりに楽しく生活できる

そのくらいです。

でも、時間は自由です!!

 

好きな時に遊んで

好きな時に仕事してます。

これはちょっとした自慢のライフスタイルです。

一言でいえば

 

「金はないけど、自由はある」

 

そんな生き方です。

 

 

 

生い立ちを下記に記載してますが…

一言でいえば

「自由の申し子」

と言ってもいいと思います。

 

恋愛も自由奔放で、人並み以上に恋愛も楽しみました。

付き合った人数を数えるのを途中から辞めましたが、おそらくは30人以上はお付き合いしたと思います。

 

アマチュア(草野球レベル)ですが、バレーボールチームを所持しており、現在ではそれなりに大きな組織になってます。

 

バイクも所持しており、たまにフラりとバイクで出かけます。

だいたい片道200kmくらいなら日帰りで行き来しているくらいです。

 

アウトドアも好きですが、基本的には根っからの引きこもりです。
※そもそも太陽光に弱い

一日中家から出てこない事も多くあります。

アニメが好きでNetFlixAmazonプライムビデオ、そしてAbemaTVも契約してます。

 

今でも気の向くままに右へ左へと人生を謳歌中です。

 

 

 

生い立ち

 

〜小学生〜

神童なのでは?

という熱い自画自賛に浮き足立った少年時代を過ごしました。

実際に勉強しなくても成績は常に満点でした。

変わり者の友達にも恵まれてとても楽しい時間を過ごせたと思います。

 

当時は空手をやっており、

地域最年少の黒帯という事も相まって狭いせまい井の中においては敵なしでした。
井の中の蛙大海を知らずとはまさしくこの事を示します)

自尊心はドンドン大きくなっていきました。

 

 

〜中学生〜

 

一言でいうとリーダーとして過ごした中学生時代でした。

 

応援団団長として40名程の大きな組織を引率し

バレーボール部では副部長としてリーダーシップを発揮しました。

 

この頃から自由奔放でしたが、周りが勝手についてきてくれている…

今思うと支えてくれていたんだと思います。

 

当時の私は

俺ってカリスマ性も持ち合わせているのでは!?

なんて自惚れてました。

勉強も「英語以外」は相変わらずできましたが、

英語だけは先生が嫌いでまったく勉強する気にもなりませんでした。

最後まで勉強しなかった結果、

志望していた国立高校への入試に失敗して、家の近くの公立高校に進学します。

 

 

〜高校時代〜

 


初めての挫折を経験しました。

腰痛でバレーボールも辞めました

あんまりよろしくない友達付き合いも面倒になって学校にも行かなくなりました

学校行かなくなったら勉強が途端にわからなく(当たり前)なりました

 

友達ができず、学校に行っても机に突っ伏して寝てるだけ

家に帰ったら翌日学校に行くまでずっとパソコンの前でMMORPGをひたすらに続けるという廃人生活を謳歌してました。

 

もちろん…

そんな私に青春なんてやってこないわけです。

 

しかし…

髪の毛も肩に触れるくらい伸びてきたころに転機は訪れます。

 

当時とても好きだったB’zのアルバム交換から友達ができました

髪の毛を金髪にして学校に行って、即怒られるなんて事件もありつつ私は少しずつ学校での青春の時間を取り戻していきます。

 

人生で3度くると呼ばれるモテ期が到来し、

一度に複数から告白されたりラブレターを貰ったり、メルアド交換を求められるようになって

ある時、しばらくぶりに彼女が出来ました。

 

彼女のために、そして何より自分自身のプライドを守るためにも頑張りたい

 

そんな想いから、受験勉強を頑張ることを決意したのです。

高校3年生、秋の出来事でした。

 

結果、主席卒業します。

 

期待と不安を背負い、私は地元を離れて東京に上京しました。

 

 

〜大学時代〜

 

地元を離れて、私は東京に上京しました。


1年生から研究室に特別に席を設けてもらい勉強漬けの日々を過ごします。

(通常は4年生から研究室入りします。)

 

「俺はもっとビックになってやるんだ!!」

 

大きなプライドと、自分の可能性を試したかったのと…

地元に残した彼女のためにも頑張るんだ…

当時の私は強い信念が勉強する原動力でした。

当時の私は工学部でしたが、理論を突き詰める基礎研究を学びたくなり、転部することを決意します。

「転部試験はそんな甘いものではない」

「そんな簡単には受からない」

そう言われながら臨んだ転部試験の結果…

転部試験に無事合格したのです

 

しかし…

転部したものの、教授とウマが合わず超スピードで留年が決定。

遠距離恋愛してた彼女にも浮気されて別れてしまいます。

 

闇の時代の再来です…

いや、それ以上かもしれませんでした。

大学にはロクに行かず

 

自分の存在意義がわからず…

好き」って言ってくれる女性に自らの存在価値を求めました。

気が付けば、私は立派なヒモとして引きこもり生活を送ります。

 

 

しかし、ある時再度人生に転機が訪れます。

ヒモしながら貯めたお金でバイクを購入

旅の中で出会った大企業役員との出会いが全てを変えました。

君にはやりたいことないの?

当時夢も希望も何もなかった私ですが、

何か言わなきゃと思ってその場で答えたのが

「政治家の麻生太郎に会ってみたい」

だったんです。

大学生当時、麻生太郎は正しいことをまっすぐ応えていて、

政治観も鋭くてとても好きでした。

じゃあ、麻生太郎に会えばいいじゃないか!

大企業役員の方は、私にそれを目標にして生きろと言ったんです。

金なしコネなし意気地なし

そんな私でしたが、とりあえずそれを目標にしてみたんです。

最初は「外国人参政権反対・人権擁護法案反対」の街宣デモイベントへの参加でした。

そこから紹介された政治家の講演会…

忘れもしません。

 

東京都知事になった
当時国会議員の小池百合子の講演会に参加したのです。

そこから議員秘書と仲良くなり

自民党のスタッフとも仲良くなり

目標を設定してから約8か月後…

麻生太郎と直接面会することができたんです。

そこからは政治家になりたいと思い、

政治家の手伝いを行いながら、

モデル業をやってみて

経済にも興味を持って

 

そこからビジネスの世界へと足を踏み入れます。

ビジネスで日本を変える

 

そんな強い志を持つ仲間もたくさんできて

気が付けばビジネスをやろうと心に決めたのです。

 

〜社会人時代〜

 

行動しているだけマシかもしれませんが、

私はいわゆる

「意識高い系」でした。

「若いうちは失敗できるからやりたいことをやれ」

そう周りの経営者達に促されて


ロクに就職活動もせずに学生起業(もどき)を行います。

最初はうまくいかず、ビックカメラ(新宿東店)で店員もしながらでした。

しかし、行動はいつか実るものです。

少しずつ想いに共感してくれた経営者達の助けもあり

年齢が2倍程離れたとても優秀で自分には勿体ない程の事業パートナー(シカゴ大学MBA持ち)と出会います。

しかし…

やっとの思いで事業が軌道に乗りそうな目処が立ったものの、

事業パートナーとお金のトラブルになってしまいました。

 

今思えば、私が傲慢すぎたのです。

完全に虎の威を借る狐でした。

自分自身の実力はないのに、

完全に事業パートナーの実力と自分の実力を重ね合わせていたのです。

 

「一度、大きな会社でサラリーマンを経験したほうがいいよ」

そう周りの経営者からも説得されました。

 

そのタイミングで

地元で某大企業が新規事業を立ち上げるスタートアップメンバーを募集していました。

 

私はその企業に入社する選択を選び地元に逃げるようにして東京を去ります。

 

それから約4年程、私はサラリーマン時代を過ごします。

 

 

副業、そして脱サラ

 

サラリーマンは給料も安いし、無駄が多くて

正直長く続けることは無理だな

そう強く感じました。

だからこそ、新たな道を早く見つけないといけないと確信したのです。

 

最初は株式投資から始めました。

時代が良かっただけかもしれませんが、

当時一か月に40~120万円ずつ安定して利益を出していたんです。

 

「働くのがバカらしい」

「俺は投資家で生きていくんだ」

 

そう心に決めかけた時、事件が起こります。


イギリスのEU離脱という大イベントにより
大きく資産を減らしたのです。

これが逆に良かったのかもしれません。

私は専業投資家になることを保留しました。

 

ある時、自身が趣味で輸入していた商品をメルカリに出品してみたら

一瞬で売り切れてしまう

そのことに気づきました。

「これは小遣い稼ぎになるかもしれない」

そう思って少しずつ輸入量を増やして

気が付いたら代理店契約を結んで

更に規模が大きくなっていって

取引先が増えていって…

 

安定的にサラリーマンとしての収入を超えられるようになったのです。

 

「出勤するのも面倒」

そう感じた時にすぐに辞表を書いて提出したのは今でも覚えてます。

退職事由に

「出勤が面倒」

「給料が安い」

そう正直に書いて

一身上の都合」と書くように訂正されたのは内緒です。

しかし、今思うとリモートワークでも出来る仕事って多いと証明されているので、私の言ってたことってそこまで的外れでもなかったんじゃないでしょうか?

 

輸入販売業という自由人生活

自由人と書くと、

楽して生きてる

みたいに思われそうですが、

それなりにお金を稼ぐのは大変だと思います。

徹底的にお客様のことを考えて

いろいろと試行錯誤もして

でも、それを楽しくできていました。

何より

 

好きな時に好きなだけ仕事をする

そんな生き方ができている自分の人生がとても誇らしく感じます。

私は自分で人生を選択できている喜びを感じてます。

 

 

ブログを始めたキッカケは?

 

お金を稼ぎたい

時間の自由が欲しい

楽しく過ごしたい

健康に行きたい

たくさん遊びたい

などなど…

 

豊かに生きようと思ったらその選択肢は膨大であり、

成功」と言っても人によって様々です。

 


成功したいと思って様々な情報に触れるものの、

「本当にそれがベストな選択なのだろうか?」

と感じてしまい、どれが正解なのかがわかりません。

 

凝り性の私はそんな多種多様な価値観に触れていく中で、

正解は一つじゃないことに気づきました。

正解は自分が決めることです。

だって、自分の人生じゃないですか!!

 

人生において様々な選択をしていくわけですが…

ただ、私はどうしても忘れがちです。

 

「あれ?こんなこと考えてたんだ」

なんてこともザラにあります。

 

だったら、自分自身の選択の一つひとつを記録に残してみたらいいかもしれない。

 

誰かにとって、私の選択肢は間違ってても

誰かにとっては私と同じく正しくて

だったら、私の選んだ道筋が

少しでも参考になったら嬉しい

 

そんな想いからブログを書いてみることにしました。

もちろん、時には間違ってることを書いてることもあるかもしれません。

 

でも、その時はその時で

あれは間違いでした

そう変化する様子も載せてみたらいいと思ってます。

 

私はとにかくこだわってしまう性です。

めちゃくちゃオタク気質だと思います。

そんなオタクのことを英語では

 

GEEK(ギーク)

 

そう呼ぶそうです。

 

そんな私のような偏った思想と呼ばれても気にしない

人の目を気にして生きることのない

自分自身の為にこだわりを持つ

自らの選択=Choice(チョイス)

それを大切にするギーク達に捧げたいと思います。

 

ギークチョイス

 

オタクは人生を謳歌するために

どんな事も厳選する

 

私のブログが皆様一人ひとりの人生の一助になれましたら幸いです。

 

2020年7月末日 Da1